Act:034

 フィクルは縛り上げた賊の頭のみを連れて一度村へと戻る事となった。ギルドから応援が来るまでは村人に捕らえた賊の監視を頼むらしい。
 セイルとラグナは残された賊の縄が緩んでいないか確かめ、万が一にも逃走が出来ないよう木に縛り付けてからその場を去った。

 再び森の中を馬が二頭歩く。ただし、今回はセイルが前で後ろはラグナだ。ラグナは馬に乗るのは多少馴れているようだったが、魔獣にやられた肩の傷に響かないようにゆっくりと進む事にした。
「セイルさん。今更なんですが、さっきの方は?」
 進み始めて間もなく、ラグナが口を開いた。
 半ば無理矢理同行させられたラグナはフィクルの事を“セイルの連れ”としか認識していない。いくら大陸外にも名の知れた賞金稼ぎと言っても、犯罪者でもないラグナが死神を知っている訳がない。
「私の旧友で、精霊族だ。名をフィクルという」
 フィクルの紹介には自他共に必ずと言って良い程“精霊族”が付く。そして、毎回多少なりとも驚きの含まれた反応が返ってくる。それはラグナも例外ではなかった。
「しかも賞金稼ぎ……なんですよね?」
「ああ、北じゃ名の知れたな」
 ラグナにはそれが賞金稼ぎとしてどれだけ誇れる事なのか分からないだろう。優秀な友を持つ者としては実にもどかしい。
「大丈夫なんですか? 旧友とはいえ賞金稼ぎでしょう? その……ディンみたいに――って考えないんですか?」
 ラグナの心配をセイルはせせら笑った。
「あいつは私を騙せる程器用じゃない。私を狩るつもりだったなら会った時点でやられているさ」
 根拠はない。ただの信頼。その危ういものにラグナは勿論納得しなかった。しかし、根拠が無かろうと、理屈が通らなくとも、セイルには関係ない。フィクルを信じる理由など“彼がフィクルだから”で充分だ。

 それから暫くの間、セイルはラグナの疑問に答える事にした。どうせ急いても待ちぼうけを喰らうだけなのだから、進みながら精霊について講義をしておくのも良いだろう。その方が後の面倒も減るというものだ。
 まず聞かれたのはフィクルとの会話に出て来た“シラツキ”という単語についてだった。
「そうか。お前達は“白月”とは言わないんだったな」
 言い回しの違いとは厄介なものだ。意味が伝わらないだけならまだしも、その言い回しを違いを知っている者に聞かれでもしたら身元を明かしているに等しい。フィクルと話をしていたとはいえ迂闊だった。
「一月の間に二度、月が完全に丸くなる日があるだろう? 人間達の間では――そう、満月というあれの事だ。一部の精霊族の間で使われる言葉だ。ちなみにその逆は黒月という」
「僕達でいう新月ですね」
 そうだ、とセイルは相槌を打つ。
「で、その――白月が終わると何か不都合があるんですか?」
「黒月になるに連れて精霊族の力は下がる。だが、今回問題なのは二ノ白月が終わるという事だ」
「もしかして紅月<コウゲツ>ですか?」
 流石にラグナでも赤月――人間達でいう紅月――がどういう物かは知っているようだ。
 二度目の白月が終わり、黒月が過ぎると現れる赤い月。白月が精霊族に力を与えるように、赤月には魔獣・魔人族に力を与える。
「あの女は魔獣を従えているし、自身もその類かも知れん。月が赤くなる前に決着をつけたいところだな」
 二ノ白月が終わった今、セイルの力は下がるのみだ。赤月まで約一ヶ月、焦りは禁物だがそうそうのんびりもしていられない。
「もう一つ聞いて良いですか? 月とは関係ないんですが――」
「ラグナ、少し待っていろ」
 ラグナが続けようとするのを、セイルは手を上げて制した。何事かと身構えるラグナをよそに、馬を降りると道を逸れて森の中に分け入って行く。
「客人に会って来る。すぐ戻るから心配するな」
 溜め息交じりに告げるとセイルは森の奥へと進んで行った。