Act:033
「少しは自分の力量を弁えろ」
セイルは作業を続けながら、傍らに突っ立っていたラグナに忠告した。
「すみません……でも、村の人の話を聞いたらいてもたってもいられなくて」
やはりこの男は真っ先に死ぬタイプだとセイルは再認識する。
「とにかくだ。貴様はどうやっても王都に行くつもりか?」
黙ったままラグナは強く頷く。
「一人でもか?」
「はい」
返って来た声に迷いはなかった。
「なら一緒に来い」
その一言でラグナから今までの真剣さが嘘の用に消えてしまった。呆けたように立ち尽くすだけで反応がない。
「聞こえなかったか? 一緒に来い、と言ったのだが?」
セイルは回収を終えた戦利品を担いでラグナに向き直った。ラグナの呆け顔が徐々に元に戻り、直ぐさま驚きに変わる。
「良いんですか?」
「また面倒事に巻き込まれては敵わないからな」
今度はみるみる明るい表情に変わり、深々と頭を下げて礼を言う。
セイルとしては、これから先いちいち面倒に巻き込まれたラグナを助けに行くより、護衛しながらでも共に行く方が楽だと判断しただけだ。そこまで感謝される事でもないのだが、ラグナはしつこくお礼を繰り返した。
「それで、こいつ等はどうするんだ」
指差された盗賊達を見て、フィクルは心配ないと笑った。
フィクルによると、今回のような複数の獲物――あるいは大型の魔獣といった一人で運べない場合に限り、ギルドに連絡を入れれば引き取りに来てくれるらしい。数十年でギルドも随分と協力的になったものだとセイルは感心した。
「でも、ギルドって結構遠いんだよな」
フィクルは背負い袋から年期の入った皺だらけの地図を取り出した。地面に広げられた地図は、所々に走り書きで村や街の名が付け足されていて少し見づらい。
「いいか。ここから一番近いギルドまでは飛ばして半日。ギルドから盗賊達を連行しに来るのと、ギルドに帰って報酬を貰うので二日はかかる。そして、ギルドから次の街に行くのに三日だ」
フィクルは通る道を指で示しながら説明した。途中明らかに無茶な山越えを挟んだ気もしたが、違う大陸が拠点とは思えない程フィクルはこの辺りの地理に詳しいようだ。そういえば、セイルと出会う前はこの大陸にいたと聞いたような気もする。
「お前一人で行け。お前は馬にも慣れているから、一人で行けば早いだろう?」
次に進めるまで、急いでも約五日。一刻も早く王都に向かいたいセイルにとってそれは長すぎる。それに、ギルドに賞金首が行ったら出頭しに行くようなものだ。
「馬鹿言うんじゃねえ! お前だけに行かせられっか!」
一時とはいえ別れの挨拶すらせずに歩き出したセイルの肩を、フィクルが引き止める。が、予想以上に力を込めてしまったらしく、直ぐさま手を離すと一言詫びを入れる。
「あの……思ったんですけど」
硬直した空間に飛び込んで来たのは自信なげなラグナの声だった。その声に、それまで互いしか見ていなかったセイルとフィクルがやっとラグナを見た。
「村の人に任せたら駄目なんでしょうか?」
「無理だ」
「フィクルは“ライセンス持ち”だからな」
せっかく発言権を得たラグナだったが、意見は議論の余地もなく却下された。
「っても分かんないか。良いか、“ライセンス持ち”ってのはな――」
一般的に、賞金稼ぎというのは自由な稼業だと思われがちだが決してそうではない。獲物を誰が狩るか、生け捕りにするか殺すかは賞金稼ぎの自由だ。だが、後始末は絶対に怠ってはならないというのが彼等の暗黙の掟だった。中でも高額の賞金首や特定の賞金首を狩る権利を有する“ライセンス持ち”と呼ばれる賞金稼ぎには、後始末を行う義務が発生する。
昔、山で好き勝手に狩りを行った賞金稼ぎが死体の首だけを持ち帰り、残りを河に放置したことがあったそうだ。紅く染まった河に魚は逃げ出し、その変わりに血肉の臭いを嗅ぎ付けた魔獣供で溢れ返った。そして近隣の村々はことごとく魔獣に襲われ、一帯は死の土地と化したたという。
この話は賞金稼ぎが更なる被害を生み出した最悪の事件として賞金稼ぎの間で語り継がれ、この事件以降賞金稼ぎには様々な規則が設けられた。
「賞金首を放置したのがばれた瞬間、ライセンスは剥奪。下手すりゃ俺が首を狙われる。それだけは勘弁だ」
フィクルの話を聞き終えたラグナはまた黙り込んでしまった。人の首がかかっていると言われてはどうしようもない。
しかし、セイルはそんな事お構いなしだった。
「とにかく、不満ならさっさと用を済まして私達を追い掛けるんだな。それに、ニノ白月は終わったんだ。のんびりはしていられない」
振り向くといつになく真剣なフィクルと視線がぶつかる。彼の眼には明らかに迷いがあった。
だが、彼がライセンス剥奪を恐れている事をセイルはよく知っていた。この世界で賞金稼ぎが出来なくなってしまう事――それは、フィクルが最も恐れている事だからだ。
そして、フィクルがセイルの頑固さを理解している事もよく分かっている。
「……ああもう、わかったよ。ほんと、我が儘な姫さんだぜ」
観念してうなだれたフィクルだが、目にはからかうような光が宿っている。
「その呼び方はやめろと何度言わせる」
この世で最も自分に相応しくない敬称を、セイルは盛大に眉間に皺を寄せて辞退した。