Act:031

 暫く進むとやっとフィクルの背中が見えた。
 セイル達の足音に気付いたのか、首を回してこちらを見る。
「探し人は見付かったみたいだな」
「ああ。忍び込んだは良いが立ち往生していた」
 フィクルはラグナをちらと見て呆れ顔をしてみせる。「これだから素人は」とでも言いたそうだ。
「それで、目当ての獲物はいたのか?」
「いや、これから乗り込むとこだ」
 フィクルが指差した先には木の扉がある。取っ手に豪華な装飾の施された扉は、この洞窟に酷く不釣り合いだった。よく見れば閂だけがやけに新しい。言うまでもなく盗品である。
「俺としてはぶっ壊したいとこなんだけどさ……」
 フィクルは何を恐れているのか、ちらちらとセイルの顔色を伺う。
「何か問題でもあるのか?」
 フィクルの判断に問題はない筈だ。
 これだけ派手にやって出て来ないとなると、既に逃げたかどこかに潜んでいるかだ。罠や奇襲の事を考えれば迂闊に扉を開けるのは得策ではない。なら、近付かずに鎌をぶつけるなり何なりして壊せば良い。
「どうした? 言ってみろ」
 セイルは部下を促すようにフィクルを問い質す。
「あの扉やけに古いし。黙って壊すと骨董品に煩いお前が怒るんじゃねえかと」
「誰が骨董品に煩いだって?」
「ほら、あの、なんとかっていう祭壇で――」
 そう言われて、セイルは一つの思い出に行き当たる。
 それは数十年前、フィクルがある祭壇を傷付けた時の事。フィクルにとっては何の価値もない古ぼけた祭壇は、セイルを含めた精霊族に取って非常に価値ある物だった。
 そして、何も知らずに祭壇の一部を破損させたフィクルは、訳も分からないままセイルに力いっぱい殴られた。
 それにしても、まさかあの出来事が、突っ走る“死神”を止める程の威力を持っていたとは思いもしなかった。あの時のセイルはそれ程までに恐ろしかったのだろうか。
「良いか、骨董品にはな、歴史的・文化的に価値ある物と、物好きが金を積んで集めるようなただ古い物がある」
 セイルは言い含めるようにゆっくりと講義をした。
「だが、あれは古い屋敷にならよくある扉だ。歴史的・文化的・金銭的にも価値はない。まあ、取っ手の宝飾なら売れない事もないだろうが……」
「で、早い話が?」 
 この男は何を聞いていたのか。つまり、目の前の扉は何の価値もないただの古ぼけた扉。
「遠慮なく叩き壊せ」
「よっしゃ!」
 結論を聞くや否や、大鎌が扉を破砕した。

 まず目に入ったのは木片にまみれてのびている男が一人。奇襲役だったのか側には短剣が転がっている。
 その奥に呆気に取られて間抜け面をした男が十人程。そして、一番奥に男が一人。
 この場合、おそらく後ろの男が山賊の頭だろう。だが、それにしては彼は余りに迫力に欠ける風貌だった。人を襲ったり殺したりする度胸など、生れつき持ち合わせていないような覇気のない顔。小柄で細身の体躯。色白なのは洞窟に篭っているせいだろうか。
「なんか拍子抜けだ。それに数少なくねえ?」
「それはお前が倒したからだ」
 セイルはフィクルの不満をさらりと受け流すと、短剣を眼前に翳す。それに倣ってフィクルも大鎌を構えた。
「投降するなら今のうちだ」
「まあ、俺としてはみんな向かって来てくれた方が楽しいんだけど」
 紫の光に包まれた大鎌を見た瞬間、賊の顔から血の気が引いていく。
「あの鎌……まさか“死神”!?」
「奴は北の大陸専門じゃなかったのかよ!」
 賊は慌てて武器を構えるが既に遅い。
「誰も専門だなんて言ってねえし」
 言葉は軽く、しかし声音は静かで怒りすら含んでいるように聞こえる。
「ただこっちは小物が多過ぎて来る気が起きなかっただけだ!!」
 フィクルはこの数日で溜まっていたであろう鬱憤を、ここぞとばかりに鎌に乗せて薙ぎ払う。
 あれだけ暴れて解消仕切れていないのだから、この大陸に長居をしたら退屈過ぎて死ぬのではないか、とセイルは真剣に考えた。が、すぐに相棒の呻きにも似た声に思考を戻す。
「馬鹿な……!」
 セイルは思わず呟いてから、まるで悪役が吐くような台詞だと自嘲する。
 フィクルの大鎌が宙で――正確には宙に伸ばされた手によって止まっていた。
 勢いづいた大鎌は、本来なら大男ですら軽く吹き飛ばす。だが、それをあの細身の男は軽く受け止めているのだ。人間業ではない。
「こいつ……魔人か!?」
 フィクルが舌打ちと共に鎌を引く。
 “人間業ではない”。正に文字通りだった。