Act:029
三十分程馬で走ると、森の出口に切り立った崖が見えた。その壁面に一カ所だけぽっかりと穴が開いている。自然に出来た洞窟のようだがやけに大きい。
セイル達の位置からでは中は見えないが、入口に立っている見張りのお陰で彼等のアジトである事は明白だった。
二人は森の中に馬を止め、近くの木に手綱を結ぶ。フィクルによると、手綱は緩く結んでおけば不足の事態に自分達が逃げるにしても、獣に襲われて馬が逃げるにしても都合が良いのだそうだ。
もし馬が勝手に逃げたらどうするのかと聞くと「その時は自分の運と徳のなさを恨め」との回答を得られた。
入口の見張りは二人。辺りは開けていて隠れられるような物はなく奇襲は不可能。そして中にラグナがいるなら隙を伺う暇はない。面倒だが正々堂々殴り込むしかないだろう。
「覚悟はしとけよ」
「……わかっている」
考え得る限りの結果は常に考えておかなくてはならない。勿論最悪の結果もだ。でないと、その衝撃に打ち負かされてしまう。
「ま、多分大丈夫だ。若くて元気なら労働力として売られるのが普通だから」
それはそれで喜べた事ではないが、今は無事ならば構わない。
「そうだ。出来るだけ殺すなよ。値が下がる」
「ああ……ラグナが生きていればな」
「ったく、怖えなあ」
セイルの静かな怒りをよそに、フィクルはうっすらと笑みを浮かべる。だが、その顔にはいつもの軽さはまるでない。
「さあ、狩りの時間だ……!」
死神が目覚めた。
合図も無しにフィクルが茂みを飛び出し、遅れてセイルが駆け出す。
それに気付いた見張りの一人は剣を抜き、もう一人は洞窟の中に向かって何か叫んでいた。
フィクルは背中に収めた大鎌を剣か何かのように楽々と抜き、切り掛かって来る見張りに向かって一薙ぎする。見張りの男は遠心力のついた鎌に身体ごと持って行かれ、吹き飛ばされた揚句、もう一人の見張りを巻き込んで崖に激突した。
「値が下がるんじゃなかったのか」
セイルはぴくりとも動かない見張り達を睥睨しながら、相手のいなくなってしまった短剣を逆手に持ち直す。
「別に殺しちゃいねえよ。斬ってもねえし」
そう言われてよく見ると、肩に担いだ大鎌の刃が紫黒の光に包まれている。
(いつの間に……)
これがこの死神が使える数少ない精霊術の一つ。刃の周りに魔力を纏わせる事で切れ味を鈍くも鋭くもする。今、あの大鎌は鈍も同然だが、破壊力という点においては申し分ない。
「中途半端にやると後で面倒だ」
そう言い捨ててフィクルは洞窟の中へと走って行く。戦闘になると周りが見えなくなる悪い癖はまだ直っていないようだ。
「私に勘を取り戻させるんじゃなかったのか?」
セイルは大きく溜め息をつくと洞窟へと踏み込んだ。