Act:028

「で、獲物は?」
「山賊だ」
「そりゃ調度良い。俺もそいつを狩りたいと思ってた」
 セイルとしては、ここでフィクルの反論にあう事を想定していた。いつものフィクルなら『そんな小物じゃ俺に釣り合わねえ』と言い張ったに違いない。
「村人に退治してくれってせがまれちまってさ。もうしつこいのなんの。でも、何でお前が山賊の事知ってんだ?」
「シルエに聞いた。どこぞのお人よしが根城<アジト>に単身乗り込んだらしい」
 “どこぞのお人よし”と聞いてフィクルは眉根を僅かに寄せた。
「随分入れ込むんだな。ひょっとして惚れたか?」
「私はただ他人を巻き込むのが嫌なだけだ」
 茶化すようなフィクルの口調に、セイルは素っ気なく返答する。惚れるなんて感情は、自覚する限りでは最初から持ち合わせていない。
 部屋を出ると、宿の入口の方がやけに騒がしい事に気付いた。この宿屋は酒場にもなってはいたが、この時間にしては賑やか過ぎる。
 僅かばかりの不安を抱えながら廊下を抜けた瞬間、人々の視線が一斉にこちらに注がれた。賞金首だとばれたのかと、セイルは思わず懐の短剣に手を延ばした。
「ああ、待ってたんだ! それで、引き受けてくれるのか?」
 そう言うや否や、集まっていた人々はセイルとフィクルを取り囲む。セイルは皆の視線が捉えていたのが自分ではなく隣の男だと気付き警戒を緩めた。
「山賊は退治してくれるのか?」
「頼むよ! 次はこの村が狙われちまう!」
「礼ならするから!」
 懇願する人々を尻目にフィクルが視線を投げ掛けて来る。セイルには、そのいつになく楽しそうな顔が何を言いたいのか予想がついた。
「やれやれ……」
 セイルが呆れ混じりの溜め息をつく。それを了承と受け取ったフィクルは一層楽しげな顔をこちらに向けたかと思えば、村人達に向かってあからさまに怠そうな顔をしてみせる。
「頼むんなら退治屋<スイーパー>に頼むんだな。賞金稼ぎの仕事じゃねえ。どうしてもって言うなら報酬は前払いだ。あと馬を二頭寄越せ」
 賞金稼ぎは退治屋とは違う。名声も信頼も彼等は求めない。求めるのは手配者の首にかかった賞金のみ。眼中にもない小物を退治する程優しくはない。
「前払いはちょっと……言いにくいが、あんたがもし失敗したら――」
「はっ! “死神”が狩りそこねるとでも思ってんのか! それとも前金くすねて逃げるとでも? そんなに信用出来ねえなら退治屋かお人よしな冒険者にでも頼むんだな」
 フィクルはさも心外だと言わんばかりに吐き捨てると出口へと向かう。呼び止める声は聞こえないらしい。
 店を去る直前、セイルは聞こえるか聞こえないかというくらいの声で呟いた。 「その頃まで村が無事なら良いがな」

 足早に村を立ち去る二人が呼び止められたのは、それから数分と経っていなかった。
「全く、お前ってあくどいよな」
「お前に言われたくないな」
 悪戯を成功させた時の子供のように、二人は顔を見合わせた。

 森の中を馬が二頭駆け抜ける。前を行くのは黒い馬とフィクル、その後ろを茶色の馬とセイルがついて行く。
「しかし、何故狩りを?」
 セイルは風に流されないように声を張り上げると、フィクルが僅かに振り向く。
「だってお前の腕が不安だからさ」
 セイルが眉を潜めると、フィクルはそれが見えているかのように笑いながら続ける。
「お前、長剣と槍は凄いけど、短剣とかリーチの短い武器って苦手じゃんか。暫く使ってないだろうから感も鈍ってるだろうし」
 フィクルの前で短剣を使った事は殆どない。それなのに、この男は何故かそういう所ばかりに気付く。
「だから雑魚で慣らして貰おうかなと」
「お優しいお心遣いに感謝するよ」
 殊更に感情のない声だったが、フィクルに動じる様子はない。
「そう怒るなよ。心配してやってんだぞ?」
 それが解っているから尚更苛つくのだと呟いたが、それは狙ったように風に流されフィクルの耳には届かなかった。