Act:024

 精霊族は誇り高い種族であり、自分達が精霊族であるという証を何よりも大切にしている。それは髪や眼の色、尖った耳といった身体的特徴であったり、伝統や思想だったりと様々だ。
 中でも身体的特徴にこだわる精霊族は多く、その中の一人であるセイルには今起きている事実には耐え難いものがあった。
「しょうがねえだろ。初めてじゃねえんだし、我慢しろよ」
 フィクルは肩を震わせるセイルを宥めてながら、セイルの髪に液体を擦り込ませていく。
「そういう問題ではない! この髪は、私が水の精霊である証なんだ」
「はいはい。それは何度も聞きました。でも、命には代えられないだろ」
 フィクルはセイルの反論をさらりと受け流した。その手は黙々と作業を続けている。
 セイルとて自分の髪が人間界では目立ち過ぎる事くらいわかっている。しかし、それでも髪を染める事への嫌悪感は消えない。
「本当は前みたいに脱色しちまった方が長持ちして良いんだけどなあ……」
 最初は染色では暫くすると色が落ちてしまうからと脱色を奨められたが、セイルはそれを全力で断った。脱色してしまったら色は戻らない。伸びた髪は流石に元の色だが、身体の成長が遅い精霊族は髪が伸びるのも遅いのだ。前回フィクルに言われるがまま脱色し、元の長さまで伸ばすのに七年もかかった恨みは未だ忘れない。
「せめて完全に黒の方が目立たなくて良いってのに。嫌なのは知っているけどよ」
 フィクルはぶつぶつと独りごちる。
 セイルはある理由から、自分が黒髪になる事に酷い嫌悪感を覚えるのだ。それは一種のトラウマといってもいい。
「よし、終わり。そのまま待ってろよ」
 そう言い残して手を洗いに川辺へと歩いて行くフィクルの後ろ姿を、セイルは複雑な心境で眺めていた。
 フィクル等“影の精霊”の外見は精霊族より人間族に近く、精霊族の中でも独立している為、独自の伝統や思想がある。故に彼に“精霊族の誇り”は通用しない。
(あいつにはこの気持ちは一生わからんだろうな……)
 それは精霊族としては何かが欠けているのかもしれない。それはとても寂しい事だとセイルは思う。しかし、あの男を見ていると、その方がきっと幸せなのだろうとも感じるのだった。  

 セイルは紺色になった髪を後ろで束ねると背負い袋からフード付きのローブを取り出した。フードを被ってしまえば耳を隠す事が出来るし、顔も解りにくくなる。ただ、問題もあった。
 ローブは魔術師や法術師等が好んで着る為、剣を携えていたら人目を引いてしまう。
 ローブで耳を隠していても、変に目立てば賞金首である事がばれかねない。セイルは仕方なく剣をフィクルに預ける事にした。
「大事に扱えよ」
「言われなくたってわかってるよ」
 フィクルは受け取った剣を布で包み、他の荷物に出来るだけ紛れ込ませた。大鎌使いとして有名なフィクルが剣を帯びていれば、セイル以上に目立ってしまう。
「じゃあ、行きますか」
 そう言って、フィクルは軽い足取りで森を先行する。まるで近くの街にでも遊びに行くかのような振る舞いに、セイルは肩の力が抜けた。
(今から気張っていても仕方ないか)
 セイルはここ数日で一番気が休まっていた。いつ敵に襲われるかわからないので警戒は怠らなかったが、この男がいれば大丈夫だと心のどこかで感じていた。