Act:023

 あの後、セイルはフィクルと最後に会ってから今回の事件の経緯までを、根掘り葉掘りしつこく問いただされる事となった。
 別にフィクルとの間に隠す事は何もなかったし、興味本位で聞いている訳でもない。セイルは聞かれるままに全てを話した。
 話し始めた時に火をつけた焚火が消えかけてきた頃には、話題はフィクルの事へと移った。
「それで、お前は何故ここに?」
 焚火に枝を足しているセイルが顔を上げると、昨日にも見た薄茶色の紙がそこにあった。
「東の国で精霊の女剣士が賞金首になったって噂が流れて来たからさ」
 フィクルは北の大陸を拠点としている賞金稼ぎだ。職業柄犯罪者には詳しいのは当然だが、情報の流れが早過ぎる。
「もっとも俺の贔屓の情報屋が秘密ルートで仕入れた話だから、実際はこの大陸にすら広まりきってねえみたいだけどな」
 セイルの不安を感じ取ったのか、フィクルは早口で取り繕うように付け足してから手配書を丸めて焚火に投げ込んだ。『こんな紙切れ気にするな』とでも言いたげに笑っていたが、セイルは自分が燃やされているようで素直に礼を言う気分にはなれない。
 贔屓の情報屋と聞いてセイルの脳裏に浮かんできたのは茶髪の気障な男の顔。セイルも昔世話になったが、性格はともかく腕は確かだった。確かにあの恐ろしく地獄耳な男ならこちらの大陸の賞金首の事くらい把握しているかもしれない。  それにしても手配されてからまだ一週間と経っていないというのに、よくこんなにも早く海を越えて来られものだとセイルは感心した。はたして頼りになるというべきなのか、暴走すると止まらないというべきなのか。
「にしても、お前も馬鹿だよなあ? 情報が欲しいなら俺のとこにくりゃあよかったのに」
 正確にはフィクルの贔屓の情報屋の所にだ。賞金首以外の噂に興味のないこの男では役に立たない。
「精霊が酒場で聞き込みなんて狙って下さいっつってるようなもんだぜ?」
「言うな。あれは自分でも迂闊だったと思っている」
 セイルはふて腐れたようにそっぽを向いた。それを見てフィクルは慌てて話題を変える。
「でもよ、お前の背後を取れるのはこっちじゃ俺くらいだと思ってたのに」
 フィクルとしては何とか絞り出した話題だったのだろうが、セイルはプライドをえぐられた気がした。
「殺気を感じられなかった」
 セイルは自分の言い訳じみた言い方に戸惑いを感じながらも続けた。
「あれほどに近くにいたのに全く殺気を感じなかった。その瞬間だけ存在が消えたような――」
 フィクルは信じられないとでも言いたげに眉を寄せた。
「暗殺者……なのか?」
「いや、暗殺者ではないだろう。あれだけ気配を消せるならば、わざわざ姿を見せる必要はないしな」
 セイルは暫く考えた後、自分の中の考えを整理するためとフィクルへの説明を兼ねて喋り出した。
「もしかしたら私達の知らん特殊な力を持った兵士なのかもしれん。村で出会った青年には王都で兵士をしている親友がいた。親友は半年前に戦死、青年も埋葬に立ち会った。しかし、その親友は生きていて、あの女の仲間のように振る舞っていた」
「なぁ……もし、お前が襲われた事と、賞金首になった原因がこの一件を嗅ぎ回った事だとしたら――」
 どうやらフィクルも同じ考えに至ったようだ。セイルは一層深刻じみた顔で頷いた。
「国が絡んでいる可能性が高い」
 風が吹いた。ざわめく木々はセイルの心に似ている気がした。