Act:021

 ラグナと別れてから半日余りが過ぎていた。そろそろ夕暮れが近いというのにセイルは寝床の準備もせずに歩き続けていた。ラグナが諦めずに追って来ている事を想定するなら――その可能性は低いだろうが――休んでいる暇はなかった。  セイルは歩きながらずっと二つの事を考え続けていた。
 死者が生き返らせた人物が予想通りだとしたら自分は一体どうするのだろうか、と。そして、もう一つ。もし本当に死者が蘇らせる事が出来るというのなら――
(もし、本当なら……)
 愚かな考えが頭を過ぎる度にそれを頭の隅に追いやった。しかしこの時最も愚かだったのは、追っ手がかかったこの状況で考え事などをしていたセイルの油断だった。

 セイルには一瞬何が起きたかわからなかった。うなじにちりちりとした気配を感じたと思ったら、膨れ上がった殺気が襲って来たのである。
 それでもセイルは身体に染み付いた動きで、振り向くより速く剣を振るった。しかし、剣は襲撃者の得物の重さと勢いに耐え切れずに弾かれた。
 首にぴたりと冷たい感触が添えられたのと剣が数メートル先の地面に突き刺さったのはほぼ同時だった。
 長い事セイルと襲撃者は立ち尽くしていた――実際にはほんの一瞬の出来事だったのだろうが、セイルには時が止まっている気がした。頬を伝う汗だけが、時の流れを証明していた。
「賞金首が考え事とは良い度胸じゃねえか」
 静かだが人を威圧するに充分な声だった。しかし、セイルが目を見開いたのは決して恐怖を感じたからではなかった。男の声を聞いて始めて、己の喉元に宛がわれていたのが剣にしては大きすぎる刃だった事に気付く。
「まさか……」
「よう、セイル。しばらく見ないうちに随分男前になってるじゃねえか?」
「フィクル!?」
 セイルは肩に顎を乗せて来た友の顔を横目で見ながら叫んだ。

「ほんと、見違えたぜ。さらに女っ気がなくなってやがる」
 そう言うとフィクルはセイルの首から離した大鎌を背中の止め具<ホルダー>に取り付けた。
 人間族の中にいても自然な黒に近い紫の髪と瞳、さほど尖っていない耳。前髪を一房だけ残し、あとはうなじで括っただけの簡単な髪型。そして身の丈ほどもある背中の大鎌。“死神”の名を持つ賞金稼ぎは外見も口の悪さも変わっていなかった。
 唯一変わったところといえば、前に会った時は同じ位置にあった視線が今は頭一つ分上がっていた事くらいだ。
「そういうお前も、馬鹿みたいにでかくなったな」
 セイルとて背が伸びた筈なのに、こんなにも差が開いてしまった。男の成長期とは恐ろしいものだ。
「それで、少しは術が使えるようになったか?」
「うっせーな」
 セイルは首を摩りながら、今まで主導権を握っていた相手をからかった。やられっぱなしではセイルの気が収まらない。
 フィクルは精霊族としては異質の“精霊術がほとんど使えない精霊族”だった。といっても原因の一部は本人の努力とやる気の無さにもあるのだが。
「にしてもだ」
 突然、フィクルの表情がそれまでとは打って変わった。セイルを見詰める目は妹を叱る兄のそれによく似ていた。
「油断し過ぎじゃねえの? 首一つ飛んたぞ」
 セイルは目を逸らし、小さな声で「すまん」と呟いた。刹那に聞こえた苦笑に視線を戻すと、あろうことかセイルの頬が染まった。
「来て良かったよ」
 そう言って目の前の男が小さく微笑んでいた。