Act:020
セイルは背負い袋を担ぎ直してから進み出した。数歩進むと案の定後ろから声がかかる。
「待って下さい! 危険過ぎます!」
セイルは足を止めずに答える。
「承知の上だ。逃げ回るのは性に合わない。それに私は真相を知る為に人間界<こちら>に来た」
「まだ本当に国が関わっているかもわからないのに――」
「行けばわかるだろう?」
ラグナは諦めたのか何も言わなくなった。しかし、代わりに足音と気配がついて来る。
途中セイルは歩調を速めてみたり、わざと獣道を通ったりした。しかし背後の足音が止まる事はなかった。
どのくらい歩いたのか、辺りはもう暗くなりかけていた。
ふと、最前まで足音に混じって聞こえていた荒い呼吸が聞こなくなった。セイルは深い溜め息と共に足に歩を止める。
「倒れるまで歩く奴があるか」
この辺りの気候は暖かいようだったが、夜になればそれなりに冷える。今まで野宿もした事がないであろう者だったら確実に風邪をひくだろう。
(やれやれ……)
セイルは羽織っていた外套をラグナにかけてやった。それは傷の多いお世辞にも綺麗とは言い難い物で、穴や裂け目の周りは黒ずんでいた。その中で一番真新しい穴の周りだけはまだ赤黒い。
セイルは外套に刻まれた傷をどこか遠い目で眺めた。セイルは近くの木に寄り掛かって、柄にもなく物思いにふけるうちに眠りについた。
「朝っぱらから何の用だい?」
翌日、日の出前に呼び出されたシルエはわざとらしく欠伸をしてみせた。
「こいつが起きるまで見ていてくれ」
セイルの命令にシルエは涙を溜めた目を細めた。眉間には僅かに皺が寄っている。主に似て朝は期限が悪いようだ。
「あたしは番犬じゃないんだけどねえ? 水でもぶっかけて起こせば良いじゃないか」
「起こしたらまた着いてくるに決まっている」
連日の呼び出しにいつになく不機嫌なシルエを宥めもせずに、セイルは憮然と言い放った。そもそもここで水をかけてしまったら、外套をかけてやった意味がなくなってしまう。
「ならこのまま置いていけば良いさね」
「魔獣にでも殺されてみろ。寝覚めが悪くなる」
「あんたそればっかりだね。そんときゃこいつの運がなかったって事だよ。第一、死んだってわかりゃしないだろう?」
シルエの守護の神獣とは思えない物言いにセイルは顔をしかめた。
「とにかく頼むぞ。こいつが起きる直前には還れ。気付かれると面倒だからな」
なんだかんだと文句を言っても、シルエはセイルの命令には逆らえない。それに、彼女は口は悪いが案外良い奴だという事も、信用に足る存在だという事もわかっている。
セイルはラグナを起こさないように慎重に外套を取った。それを見ていたシルエがけちだと言わんばかりに視線を送ってくる。
「これは誰にもやらん。例え、どれだけぼろぼろになろうともだ」
セイルの眼にほんの一瞬宿った悲しげな光は、誰にも見られる事なく消えていった。