Act:019
「あとはお前の知っている通りだ」
そう言ってセイルが話を締め括ると、それまで黙って聞いていたラグナがやっと口を開いた。
「アメス村に来たのは偶然じゃなかったんですね」
「巻き込んですまないと思っている」
「そういう事が言いたいんじゃありません。それで、アメス村に来て何かわかったんですか?」
セイルは沈黙をもって答えた。その意図を汲み取り、ラグナは「そうですか」とだけ言葉を返す。
「だが、先程のお前の話は大きな収穫だ。ロフト様が言っていたのはこの話の事だったのだと思う」
死んだ筈の人間が蘇るという噂を聞いたセイルと、死んだ筈の親友に出会ったラグナ。セイルの中に二つは必ずどこかで繋がっているという確信が生まれていた。
「そうだ。これを見て下さい」 ラグナが取り出したのは丸められた一枚の紙だった。確かディンが去り際にラグナに渡した物だ。
開いてまず目に飛び込んで来たのは、見慣れた顔の蒼髪の人物。そして、その中性的な顔立ちの上部に書かれたお尋ね者<ウォンテッド>の文字。
「……手配書か」
それは以前人間界<こちら>に来た時に散々世話になった物だ。この紙は専らの資金源だったというのに、される立場になるとは思ってもみなかった。
次いでセイルは備考の罪状に目を通した。
「“旅人への強盗未遂及び魔獣を率いての民家の破壊行為――”見事ななすりつけだな」
そこに書かれているのは一つを除き、紫髪の女がセイル達にした事だった。他にもいくつか覚えのない罪状がつらつらと書かれていた。見事に重罪人になっている。
「でも、どうして手配書はアメス村が襲われる事を前以て知っていたんでしょうか?」
「それくらいしないと高額の手配書は出せないからな。まあ、そこに書かれた民家がアメス村だったのはたまたまだろうがな」
ラグナは得心したように頷いた。今回アメス村が襲われたのはあくまでセイルがいたからで、もし違う場所にいればそこが同じ目に会っていただろう。
(しかし、国絡みにしては奇妙だな)
手配書の下に押された判が王家の紋章である事からも、国がセイルを消したがっている事はわかる。おそらく死者が蘇るという噂と何等かの関係がある事も。
しかし、あの紫髪の女が国に関わる者だとしても、魔獣を従えているのは奇妙だ。人間が敵対する魔獣を従えている筈がない。それに地獄の猟犬を“魔物”と呼ばずに“魔獣”と呼んだ事も気になる。
そして、何より気になるのは何故死人である筈のディンが生きているのか。そもそも、本当にあれは――
「あれは本当にディンだったんでしょうか?」
セイルの思考を読み取ったかのようなタイミングでラグナは呟いた。
「それはお前の方がわかるだろう?」
「でも死人が蘇るなんて……」
このまま意味のない問答をしても時間の無駄だ。そこで、セイルは気は進まなかったが一つの提案を出した。
「どうしても確証が欲しいのなら、墓をあばけばわかるだろうな」
かつてセイルが過ごした土地では死者は河に流すのが習わしだった。水は命の源であり、そこに死者を還せば水に魂が溶け、天に昇って雲となり、やがて雨として大地に降り注ぐ。そして新たな命が生まれるのだと。
しかし、その風習はごく一部の部族の間に伝わっているだけで、たいていは土葬なのだと聞いていた。土葬ならば、墓を掘り返して遺体がなければ死者が蘇ったとの可能性も万に一つとしても考えられる。
もっとも数ヶ月も前に埋められた遺体を見ても本人と判別出来る保証はないし、そのような冒涜行為がこちらで赦されるとも思えない。
「それは無理です。兵士の遺体は軍墓に埋葬されますから」
ラグナの余りにもあっさりとした返答に、それなりの批難を受けるつもりで構えていたセイルは拍子抜けすると同時に安堵した。正直なところ、いくら信仰が違えど墓荒らしは勘弁願いたい。
「村にある墓は魂だけでも故郷に戻って来られるようにと思って建てた物ですから」
「そうか……」
確証を得る方法がないのなら、これ以上考えても無駄な推測にしかならない。ならやはり、取るべき行動は一つ。
「とにかく、王都に行った方が良さそうだ」