Act:016
「この辺りで死者が蘇らせるという話を聞いた事はないか?」
アズラ宮で噂を聞いた翌日、セイルは人間界に到着した。それから三日、こうして聞き込みを続けたが成果はまるでない。
返ってくる答えは皆同じ、“そんな馬鹿な話は聞いた事がない”。それ以前に、聞き込みが出来る事の方が稀であった。どうやらここらの人々は精霊と交わすような言葉を持ち合わせていないらしい。
こちらに来て七軒目の酒場を出る頃には、あの話はやはり噂だったのだと思い始めていた。
夕暮れが近くなり、セイルは森へ入った。金があっても精霊が泊まれる宿はなく、森での野宿が続いている。
(また野宿か……)
別に野宿は嫌いではない。ただ人間達の精霊に対する接しかたに不満はあった。まあ人間族の排他主義は今に始まった事ではないし、同じ排他主義である精霊族がとやかく言える事ではないのだろうが。
とにかく、日が沈む前に寝床の準備に取り掛かろうとしていた時、セイルは背後に妙な気配を感じた気がした。
「誰だ!」
振り向き様に腰の剣を抜き、いつでも切り結べるだけの間合いを取る。
「へえ、良い感してるね」
声は背後から聞こえた。気配はまるで感じなかった。
(いつの間に…!)
咄嗟に剣を凪いだが、振り切る前に腕が止まる。
「剣の方も中々。でも本当の相棒は槍ってとこかな?」
セイルの腕を押し止めている細腕を辿った先には長身の男。綺麗な緑柱石<エメラルド>色の髪に、怪しげな光を讃えた金色の眼が特徴的な男だった。
「初めまして。俺はロフト」
ロフトと名乗った男はにやりと口元を上げて笑みを浮かべる。
その時、セイルは全身が総毛立つのを感じた。喉元にナイフでも突き付けられているかのような緊張感に、身体が本能的に逃げようとする。それをどうにか堪えられたのは、セイルが彼と似た気配を過去に体験していたからだ。
「ん? どうした?」
ロフトは冷や汗を垂らすセイルを意地悪い笑みで眺めている。
「いえ、少し気圧されまして……貴方は私とは次元の違うお方のようですね」
ロフトはほうと感嘆の声を漏らした。
「よくわかるな」
「似た気配が致しますので」
「オルガと、か?」
セイルは彼がオルガを知っている事には不思議と疑問を持たなかった。彼等が知り合いである事は何となく予想が着いた。
そう、ロフトはセイルがかつて出会った大賢者と気配が似ていた。だが、ロフトの方が質が悪いというか、威圧されるというか、息苦しい雰囲気の気配だった。
「俺があいつと似た気配ねえ……」
「“人ならぬ者”の気配とでも申しましょうか」
セイルの言葉にロフトはにんまりと目を細めて笑みを浮かべた。面白い物を見付けた――そう言いたげな目だ。セイルの背を冷たい汗が流れた。
「そういうもんかねえ……自分じゃ全くわからねえや」
ロフトはぽりぽりと頭を掻きながら話しを続ける。
「で、何かお困り事があるんじゃないの?」
「失礼ですが――」
馴れ馴れしい男にセイルは丁重に、しかしきっぱりと関係のない事だと答える。
「まあまあ、そう言うなって。お前の探し物の正体……知りたくないの?」
セイルは平静を装ったつもりだったが、ロフトは口許を僅かに上げた。
「そうだろ、そうだろ? 知りたいよなあ?」
完全に見透かされている。
「まあ信じろって。俺を誰だと思ってる?」
この男は“人ならぬ者”――大賢者と同程度かそれ以上の存在。本来なら会う事すらない、セイルとは知識も力も掛け離れた人物。どうやら意地になっても仕方がない。
「お教え願えますか」
セイルは深く腰を折り、頭を下げた。