Act:013

 樹冠の隙間から降り注ぐ月光のお陰で森は思った以上に明るく穏やかだった。初めて訪れた時には大嵐だったから、尚更そう感じているのかもしれない。
 セイルは村から小一時間くらい離れた森の中で寝る事にした。寝所に選んだのは光が差し込まない木々の生い茂った場所だった。ここならば明るい所にいる外敵から見える事はないし、落葉を纏えば匂いも薄くなる。
 寝床の準備が済むと、セイルは夜に引き込まれるように眠りについた。

 翌朝、セイルが疲れているにも関わらず早朝に目を覚ましたのはある気配を感じたからだった。
 殺気でも敵意でもなく、ただただなんとなく眺められている。そんなどこかはっきりしない、しかし覚えのある気配。
 セイルは視線を一本の木に――正確にはその後ろに定めた。
「ロフト様、いつまでそうしてるつもりですか? 出て来ては如何です?」
「相変わらずよく気付くな。爆睡してると思ったのに」
 木の後ろからひょっこりと現れたのは緑柱石<エメラルド>色の髪の男だ。
「わざと気配を漏らしておいて何を言うんですか」
 セイルは気配察知にかけては自信があった。しかし、この男が本気になれば、セイルごときに気配を悟られる筈がない事は知っている。そして本気になった彼の気配に気付けるのは本当にごく僅かな者でしかない事も知っていた。でなければ、わざわざ敬語で話したりなどしない。
「ほんと、お前の感の良さにはぞくぞくさせられるよ」
「それで何の御用ですか」
 セイルは口調こそ丁寧だが、声には相手を敬う気持ちをこれっぽっちも織り込まなかった。
「つれないねえ? せっかく、ただでヒントをあげたってのに」
 ロフトはわざとらしく肩を落としてみせる。
「何がヒントですか。あの村にどんな手掛かりがあったと言うんです?」
 “アメス村に行けば謎が解ける”この男はセイルにそう言った。しかし、あそこには手掛かりになるような物は何もなかった。
「気付かなかったのか? そうか、あの村は壊され損だな。可哀相に」
 ロフトの言動はセイルを逆上させるのに充分だった。しかし、セイルには反論するべき言葉が見つからない。“壊され損”。確かにその通りだ。
「まあ怒るなよ。お前はもう手に入れてるんだぜ?」
 にかっと笑うロフトを、セイルはまじまじと見詰めた。
「まだ欠片だし、お前は気付いてないみたいだけどな。ちなみに残りはすぐ側にある。まあ頑張れ」
 それだけ言って去ろうとするロフトにセイルは尋ねた。
「貴方はどこまで知っているのです?」
「さあ? 全部かもしれないし、ほとんど知らないかもしれない。それじゃあ、期待してるよ」
 ロフトは振り返りもせずに答えると、手をひらひらと振りながら森の中に消えて行った。
 あの掴み所のない性格はセイルの苦手とするところだ。それにあの男からは、玩具で遊ぶだけ遊んであっさり捨ててしまう子供のような残酷さが漂っている気がしてならなかった。
(残りはすぐ側に……)
 すぐ側とはやはりアメス村の事だろうが今更戻るわけにもいかない。しかし、まだ運は残っていた。