Act:012
頭に響く鈍痛に耐え兼ねてセイルは目を覚ました。何だかとても懐かしい夢を見ていた気がする。
セイルは薄暗い小屋の中にいた。湿った藁に布を被せた簡易ベッドであろう物の上に寝かされ、新しい包帯に包まれている。藁と水桶からして、ここは使われなくなった――もしくは先の一件で使えなくなった厩舎だろう。
そして、あの津波の中で奇跡的に原型を留めたこの小屋を、セイルのために村人が提供してくれた事は、隣でうつらうつらと舟を漕ぐラグナを見ればすぐわかった。自分も怪我をしているというのに、セイルの世話をしてくれていたのだろう。
(また迷惑をかけてしまったな)
助けて貰いながら、魔獣を連れ込み、村を壊したあげく、残った僅かな寝床まで奪うわけにはいかない。好都合なことに、小屋の屋根に空いた穴から見える星空は今が夜である事を示している。今なら誰にも気付かれずに村を出れる筈だ。
セイルは懐から小さな布袋を取り出し、ラグナの横に置いた。それから小屋の隅に置かれた剣と背負い袋を慎重に取り、軋む扉をゆっくりと開ける。最後に口の中で小さく礼を述べてから、セイルは小屋を出た。
あらためて目の当たりにすると、そこはもう村ではなかった。どこか物悲しさを誘う月明かりも手伝って、廃墟と呼ぶに相応しい代物に変わってしまっている。
セイルは村を去る前にその光景を目に焼き付けようとした。と、村の奥にもう一軒残っていた家から人影が出て来たのに気付いた。セイルは見つかる前に逃げようと身を翻して走ったが、数歩で膝から力が抜け、その場に座り込んでしまった。
余りにも無様な自分を叱咤しつつ立ち上がる間に、小柄な人影は小走りで近付いて来る。
「怪我も治ってないのにどこに行こうとしてるんですか?」
そう言ってセイルを下から覗き込んで来たのは、あの薬師の娘だった。
「まったく、ラグナさんは何してるのかしら」
娘はあからさまに怒っていた。もっとも、怒りの矛先は寝ていてセイルを見逃してしまったラグナに向いているようだが。
「これ以上迷惑をかける訳にはいかない」
「誰も迷惑だなんて思ってません」
ぴしゃりと娘は反論したが、セイルは戸惑わなかった。
これ以上、巻き込みたくない。巻き込んではいけない。ならば、間に張った糸をすっぱりと断ち切るしかない。頑丈に絡んで切れなくなる前に。
「また魔獣に襲われたいか?」
娘の表情が一瞬曇った。
「でもあれはあなたのせいじゃ――」
「奴は私を追っている」
淡々と事務的に、事実だけを述べる。
「あれは私のせいだ」
娘は何も言わなかった。
「……世話になった」
セイルは夜の森へと歩き始めた。せめて心配だけはかけまいと、膝の震えを押さえ込んで。