Act:011

「どっか行けよ! 化け物!」
 少年は足元に転がっていた石を掴んで投げた。石は孤を描き、数メートル離れた噴水に腰掛けている少女に命中した。わっと周りの少年達から歓声が湧く。
 少女は額から流れる血を拭き、少年を睨み付けた。
「何だよ? 文句でもあんのか?」
 少年は口元を綻ばせると少女の元へ歩み寄って行く。リーダー格の少年に続いて周りの少年も少女の元へと歩を進める。
「私は、化け物なんかじゃない」
 少女は周りを一回りも二回りも大きな少年達に囲まれたがまるで動じなかった。噴水の縁から下り、真っ正面から少年に向かい合う。
「化け物じゃない? じゃあ何でお前の耳は尖んがってんだよ? 髪の色も違うじゃないか」
 少年が少女の蒼い髪を掴んで持ち上げると、隠れていた耳があらわになった。人間よりわずかに長く尖った耳。それを見て周りの少年が囃し立てる。
「お前なんかあの偏屈学者がいなきゃ、とっくに追い出されてる癖に」
「あのおっさんもどうかしてるよ。こんな化け物庇うなんて」
「実はあいつも化け物だったりしてな!」
 瞬間、少女の手が髪を掴む少年の手を払いのけた。少年がそれに気付く間もなく、少女は手を横薙ぎに振り下ろし――
「こんな所で何をしているんだい?」
 背後からかけられた穏やかな声に、女の手は少年の首筋すれすれで止まっていた。その手にはどこから現れたのか短剣が握られている。あと一瞬でも手を止めるのが遅かったら短剣は少年の喉笛を切り裂いていただろう。
「オルガ様……!」
 少女は噴水の後ろから現れた長身で青黒い髪の男を仰ぎ見た。握っていた短剣はいつの間にか消えている。
「遊ぶのも結構だけど、女の子はもっとおしとやかにしなくてはね?」
 オルガは細い目をさらに細くして微笑んだ。次に少年達に向かって微笑む。
「君達も、女の子をエスコートするならもっとお行儀良くしなくてはね。なんだったら、私が教えてあげましょうか?」
 オルガはにこやかに、そしてこの上なく悪意の篭った声で語りかけた。少年達は微笑む男の背後に悪魔でも見たのか、身を翻すと脱兎の如く逃げ帰って行った。
 オルガは少年達を見送った後、噴水の前に佇む少女の傍らに寄り添うように立った。
「よく我慢しましたね」
「でも私……オルガ様が来なかったら……!」
 少女は先程まで短剣が握られていた手を、何か恐ろしい物でも見ているかのように見詰めた。
「止めたのはあなたです」
 オルガは少女の震える肩にそっと手を乗せた。少女の掌に暖かな水がぽつりと落ちる。
「雨が降ってきましたね。帰りましょうか?」
 少女は俯いたまま小さく頷くと、オルガと夕焼けの中を歩いて行った。