Act:009
どうしたものかと考えていると、足元から声がかかった。
「セイル。頼むだけ無駄さ。このデカブツにそんな器用な真似出来っこないよ」
シルエは後ろ足で喉を掻いている。ちなみにこれは人を見下す時の癖だ。
「久しいな、カーバンクル。未だに使徒をやっているとは嘆かわしい限りだ。同じ神獣として同情しよう」
リヴァイアサンは長い身体を少しばかりシルエに向けた。語尾には揶揄するような響きが混じっている。しかしシルエも負けてはいない。
「あたしはあんたみたいに、のんびり寝てられるほど暇じゃないのさ。それに、使徒の方が呼ばれるのが楽なもんでね」
シルエとリヴァイアサンの視線がぶつかった。セイルは昔、シルエからリヴァイアサンについて聞いたことがあった。シルエいわく、リヴァイアサンは『図体と態度ばかりでかくて役に立たない儡の棒』、一方のリヴァイアサンはシルエを『ちょこまかと喧しい小動物』だと言っているという。どうやら犬猿の仲というやつらしい。
「あんたはただ打ち噛ませばいい。それしか能がないんだからね。あたしがみんな守ってやるよ」
「汝こそ、それしか能がないのだからしかと努めてくれ」
二匹はぷいとそっぽを向いた。ついでセイルに向き直る。
「こやつと同じ空間になどおれぬ。小娘、さっさと済ませるぞ」
言うや否や、リヴァイアサンが地中に消えた。実に滑らかに実体などないかのように大地へと潜っていく。
セイルは小さく頷き、前を見据えた。シルエの額の石がより鮮やかをまして輝き出す。同時に紫髪の女と魔獣達が身構える。
「大寄波<カヴァローネ・アフルイレ>!!」
セイルの手を振り上げたのと地響きがしたのはほぼ同時。リヴァイアサンが地中から飛び出して来るのと水が溢れ出して来るのもほぼ同時だった。
「っ……!」
驚愕に息を呑む音はセイルの前後、ラグナ達村人と紫髪の女の両方から聞こえた。
その間にもリヴァイアサンは長い蛇のような身体を真っ直ぐ天に昇らせて行く。付き従うように地中から溢れた水は横に広がりながら昇っていた。
「これが水神……!」
紫髪の女は自失したように成り行きを見ていたが、我に帰ると直ぐさま魔獣達をけしかけた。しかし魔獣達は空に向かって唸るばかりで一行に動こうとしない――いや、動けないでいる。そうこうしているうちに、ようやく全てが現れた身体をたゆらせながら、リヴァイアサンは地上の敵を見据えた。
「さあ、その命、我に捧げよ」
空から降る殺気に気圧されたか、魔獣達は紫髪の女の命を無視し一目散に逃げ出していた。しかし、戦意を失った相手を見逃す程、水神は甘くない。リヴァイアサンは急降下した後、地面すれすれで頭を持ち上げて急上昇した。付き従う水は大波と化して魔獣を、紫髪の女を飲み込んで行く。
残骸となりかけた家々は紅い光に包まれながら、傍らを押し流されて行く魔獣達を見送っていた。