Act:008

「我が名はセイル。始祖・ラーニッドの血を引く者。我、力を望む者なり。我、我が敵を討ち滅ぼさん」
 セイルの手の中で宝玉が青い光りを放ち始めた。初めは鼓動のように一定の間隔を保っていたが、次第に波打つような抑揚を付けていく。強く、弱く。早く、遅く。セイルの声も強さを増していく。
「汝、力を持つ者なり。汝、我が敵を討ち滅ぼす者なり。汝に捧ぐは久遠の星霜、我が灯<ひかり>……」
 セイルの目が開かれると同時に、青い鼓動は止まった。まばゆい光りの漏れる右手を額から離し、掌が地を向くように突き出す。拳を開くと宝玉は宙に留まり、鮮やかに周囲を照らした。
 セイルはまばゆい光に目を細めもせず、最後の詩を唄う。
「汝、激流を以って全てを無に還さん。盟約に応えよ……リヴァイアサン!!」
 宝玉は大気を震わすほど強く脈打った。光りが村にも周囲の森にも満ち、収束しながら徐々に生き物の形を成していく。青みを帯びた蛇に似た身体に、竜の頭――水神あるいは水竜と呼ばれる神獣の一匹だ。
「お久しぶりでございます」
 セイルは片膝を着き頭を垂れた。それを見た水竜は煙草でも吹かすように大きく息を吐いた。
「たったの四十年で二度も小娘如きに起こされるとは思わなんだ」
 腹の底に響く声。口も動かさずによくこんな大音量が出るものだとセイルは感心した。
「ですから相応の灯を捧げました」
 言ってセイルは水竜の目を見る。
「それとも対価に不服がおありですか?」
 いや、と水竜は頭を振る。
「リヴァイアサン、出来るだけ村は傷付けないで頂きたいのですが」
 セイルは真剣な声で請う。しかし、当の水竜は鼻を鳴らしてせせら笑った。
「おかしな事を言う。汝は全てを無に還せと言ったではないか」
 あれは口上に過ぎない。でないとこの水竜は応えてくれないのだ。
 そもそも、“使徒”であるシルエと異なり、リヴァイアサンは“応喚”だ。“使徒”は主から名を与えられて忠誠を誓い、任を解かれるまで主に従う。それが例え己の死に繋がる命だとしても、契約に縛られているため逆らうことは出来ない。
 一方“応喚”には主従の関係が存在せず、自らの意志で召喚者に助力する。命や召喚者が気に食わないなら応えなくても良いし、極端な話、召喚者を殺してしまっても良い。だから召喚者は“応喚”に敬意を示し、認められるよう力を尽くさなければならない。
 リヴァイアサンは気位が高く扱いづらい事この上ない。四十年前に初めて呼んだ時には、敵は退けたが制御ができずに街一つが滅んでしまった。リヴァイアサンを従えたことが出来るのは創世から今日までただ一人だけだったという。