Act:007

「……気に食わん」
「え?」
 セイルはラグナの肩に預けていた身体を引き戻した。支えをなくしたセイルの身体はよろけたが、添えられようとした手は軽い音と共に叩き落とされた。ラグナは叩かれた手と叩いた張本人とを見比べている。
「すまん。だが一人で立てる」
 セイルは震える脚を懸命に制御しようとしていた。この男の手をどうあっても借りたくない。あの人に似ているこの男の手を借りたら、自分の進歩のなさを嫌というほど思い知る羽目になる――そんな気がしたからだ。
「シルエ。出来るか?」
 シルエは後ろ足で耳を二度掻いた。人に例えると困って頭を掻く仕種と同じだ。この癖が了承を表す――正確には、ほぼ無理な時に出る癖なのだが、彼女の主人がそれを許さないから仕方なく了承してやっている――ということをセイルは知っている。
「ったく、強引なとこも意地張りなとこも親父そっくりだよ」
 セイルは悪びれもなく「すまん」と答えた。シルエはやれやれと頭を振りながら、諭すような声で応じる。
「やるだけやってみるけど、出来るかどうかはあんたの力量次第ってとこだね」
「尽力しよう」
 失敗しても自分に非はないと意地悪い笑みを浮かべるシルエに対して、セイルは真面目腐った顔で頷いた。疲労に震える手は、無意識のうちに首から下げた宝玉を握り締めていた。

「まったく、面倒なことをしてくれたわ……!」
 女は人間にしてはやたらと長く鋭い親指の爪を噛んでいた。どうやら結界を破るのは諦めたらしい。回りを魔獣達に包囲させて、セイルの体力が尽きて結界が解けたところを襲うつもりなのだろう。
x 結界に立て篭もってそろそろ一時間になろうかという頃、ようやく事態は進展を見せた。

 セイルは宝玉を右手の親指と人差し指と中指で握り左胸に、次に目を閉じて額に当てた。宝玉から伝わってくるひんやりとした感触が、ほてる身体に心地良い。
「あの、セイルさん――」
「しっ、邪魔するんじゃないよ」
 微動だにしないセイルを心配してラグナは手を延ばした。後ろからゆっくりと肩に触れようとする手を制したのはシルエだ。セイルを見つめる眼差しは硬く、彼女も緊張しているのだとわかる。喉がごくりと鳴るのが聞こえたが、それが誰のものかはわからなかった。