Act:002
「しばらくは安静にしていて下さいね」
セイルの傷口にすり潰した薬草を塗りながら、薬師の娘は忠告した。その上に薬草を一枚乗せ、新しい包帯を巻いていく。
(若いというのに手慣れたものだな)
娘はセイルの視線に気付き、白い頬を少し赤らめた。人間族は精霊族よりも外見に対する年齢が低いという。この娘はまだ二十歳前後といったところだろう。セイルは外見こそこの娘と大差無いが、もう半世紀近く年を重ねている。それでも、精霊族としてはまだまだ若輩者である。
「ラグナさんは凄いんですよ。私より若いのに、自衛団では一番強いんですから」
見つめられて気恥ずかしいのと、沈黙を払うために娘が話を振った。
「あの男がか?」
セイルには、あの青年がそれほど腕が立つようには思えなかった。ラグナからは強者の供える威圧感も覇気も全く感じ取れない。セイルは“自衛団では一番”であって対したことはないのだろうと想像した。たしか騎士団で一番などと名乗っておきながら、セイルにあっさり負けた男が昔にいた気がする。きっとあの青年もその類いだろう。そう結論づけたが、セイル何か心の隅に引っ掛かかるものを感じた。
セイルは不本意ながらも薬師の娘の忠告を守っていた。身体が動かないのだから、他に出来ることがない。治療の際に確認したところ、傷はセイルの予想以上に深かった。いくら応急処置をしたとはいえ、よく戦い切ったものだと感心すると共に、己の悪運と図太さに呆れたほどだ。あの夜、これほどの傷にも拘わらずさほど痛みを感じなかったのは、多分雨の冷たさで痛覚が麻痺していたのだろう。暖かなこの部屋では傷が疼いて、反って辛いものがあった。その上貧血も加わり、セイルは立つことはおろか、起き上がることにすら苦労していた。薬師の娘がくれた貧血に効くという薬草は精霊族には有害な草だったため、飲むことが出来なかった。
三日経っても、相変わらずセイルはベッドの上だった。ラグナは毎日花を取り替えにセイルの部屋を尋ねて来る。今日は白い小さな花と桃色の花を手にやって来た。
「何故私を助けた?」
セイルは花瓶に花を入れているラグナに尋ねた。
「お前達は我等<精霊族>を嫌っているのだろう?」
かねてより自然を恐れる人間族にとって、自然の力を借りる“精霊術”は同様に恐れるべきものなのである。それを使う精霊族も例外ではない。
「種族は関係ありませんよ」
ラグナはベッドの隣の椅子に腰を下ろした。
「目の前で誰かが倒れていたら、あなただって助けるでしょう?」
「魔獣だったら助けはしない」
それどころか一昔前のセイルならば、道端に倒れた人間族すら無視しただろう。
セイルの返答にラグナは苦笑しながら人差し指で頬を掻いた。
「それに、困った時はお互い様って言いますしね」
それを聞いて、セイルはラグナに感じていた何かにようやく合点がいった。この青年はどこかあの人と重なる。セイルはお人よしの青年を見入られたように見詰めていたが、視線が合った途端に顔を背けた。ラグナはそれを見てただ笑っているだけだった。