Act:001
目覚めた時には雨は止んでいた。肌に感じるのは冷たい大地ではなく、太陽の匂いの染み込んだ暖かなシーツだった。布団は薄いが、野宿が続いた後の身体には心地が良い。
はっとセイルは我に帰って跳び起きた。しかし、身体を裂くような激痛に顔を歪め、再びベッドに沈む。顔を横にして肩を見てみると、新しい包帯が巻かれていた。服もゆったりした寝巻に着替えさせられている。
セイルが寝ていたのは小さな部屋のベッドだった。部屋にあるのは花瓶が乗せられている小さな卓と、簡素でよく軋むベッドが一台だけだ。田舎村の小さな宿屋のようにも見える。
セイルが部屋を観察していると、足音が静かに近づいて来て部屋の前で止まった。敵意や殺気は感じなかったかったものの、身体に染み込んだ習慣でつい枕元に手が延びる。しかし、いつもなら必ず置いてある筈の剣はなかった――剣があったところで今はそれを握れる身体ではなかったのだが。それでも歯を食いしばりながら身体を起こして身構えた時、気配の主は入って来た。
「まだ動いちゃ駄目ですよ!」
慌てて駆け寄って来たのは銀髪の青年だった。人間族にしては珍しい銀髪だが、身なりはどこにでもいそうな青年である。セイルは警戒心をわずかに緩め、青年に尋ねた。
「ここはどこだ?」
青年はセイルをベッドに寝かせてから答えた。
「アメス村です」
言ってから、青年は恥ずかしそうに人差し指で頬をかく。
「あまり有名じゃない田舎の村ですけどね」
セイルは一瞬、わずかに目を見開いたが、一言「そうか」とだけ言うと黙り込んだ。
しばらくして、気まずさを感じたらしい青年が沈黙を破った。
「あなたのその耳と髪……精霊族ですか?」
青年はセイルの尖った耳と蒼髪に目を配らせた。耳の尖った種族は他にもいたが、蒼色の髪がいるのは精霊族だけなのだ。
セイルは青年を一瞥もせず、無愛想にそうだとだけ答えた。
「僕はラグナ。村の自衛団員です」
ラグナはにっこりと微笑むと手を差し出した。セイルとしては人間族と話すのは気が進まなかったが、とりあえず礼儀として名乗っておく。
「セイル……冒険者だ」
セイルは初めて人間族と握手を交わした。自分と何も変わらない暖かな手だった。