Act:010.5
まだ昼下がりだというのに、男はとある地下の酒場の一室でグラスに残った果実酒を流し込んでいた。頬杖をつきながらカウンターに置いた一枚の手配書を眺めていると店主から声がかかる。
「次の依頼か?」
店主の問いかけに男は小さく頷いた。
「何か欲しい情報<モノ>は?」
「必要ねえよ。ただの小物だ。成り行きとはいえ、なんで俺がこんな奴を――」
男はそこまで言うと口を閉ざした。不満を振り払うように溜め息をつく。
「それより、何か面白い話はないのか?」
男は一房を除いて上げられた前髪を撫で付けながら店主を見る。店主は何か考えるようなそぶりを見せてから口を開いた。
「それなら取って置きが」
店主は空になったグラスに酒を注ぐと、足元の棚から一枚の紙を取り出した。
見慣れたサイズの紙に大きく書かれたお尋ね者<ウォンテッド>の文字。だが、そこに描かれた懐かしい顔に男は飲みかけた酒を吹き出しそうになった。
「冗談か、これ」
店主は後ろの棚に並べられたグラスを拭いていたが、それを丁寧に棚に戻した。振り返った顔は僅かに笑みを含んでいる。
「もう酔ったのか? 俺を誰だと思ってやがる」
いきなり本業の顔になった店主に、男は一瞬虚を突かれた。
「あ、ああ。少し酔ったかもな……で、詳細は分かるか?」
男は失笑するとグラスに残った酒を煽る。
「まだ詳しい情報は入ってないが、追うなら東の大陸・アメス村を目指せ。船は今日の夕方には用意出来る」
「上出来だ」
男は満足気に頷くと席を立った。去り際、カウンターに置いたのは大振りな宝石のついたネックレスだ。
「これでツケはちゃらだ」
前の獲物が持っていた盗品であることは明らかだったが、店主は優雅な手つきで宝石を手に取り眺めた後、それを懐へしまった。
「確かに。今日の分も合わせますと少しばかり足りませんが、そこは私の奢りということで」
「ありがとよ」
ただの酒場の店主に戻った男が慇懃に頷く。客の男が苦笑いを浮かべながら地上への階段に足をかけると、再び本業に戻った店主に呼び止められた。
「その代わり、事後報告はきっちり頼むぜ。この件には興味があるからな」
男は振り返らず、片手を上げて了承を示す。それに合わせて揺れた背負い袋が、背中の大鎌にぶつかり小さな音を立てた。